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ページ更新日:2020/09/06

初回登録:2020/09/06

三宝寺池=その8=氷川神社~(和田)稲荷神社

三宝寺池=その8=氷川神社~(和田)稲荷神社

「三宝寺池/さんぽうじ・いけ」の南側に「氷川神社/ひかわじんじゃ」は立地(分割表示)。同神社に11神社が祀られ、ここでは通称「(和田)稲荷神社/(わだ)いなり・じんじゃ」について。時代不詳ですが江戸時代初期には存在。「練馬区」には「(旧名)伝五郎稲荷」呼称説もありますが、1994年(平成6年)4月1日には「東京都神社名鑑」から「和田稲荷神社」を優先。1880年(明治13年)には「日枝神社組合明細帖」には境内官有地200坪として届出。書面には「渡辺伝五郎/わたなべ・でんごろう」が総代として、「和田稲荷神社」名義で捺印しているとのことです。
また「(和田)稲荷神社」の南には、境内社「荷田神社/かだ・じんじゃ」がありますが、同神社についても詳細不明ですが、下記「荷田春満/かだ・の・あずままろ」を参照ください。


参考画像

※1段目:2019年=東京都練馬区=(和田)稲荷神社=奥注意 ※2段目上:(和田)稲荷神社~(西側)境内社=荷田神社(本文参照) ※2段目下:左拡大=荷田神社/右拡大=石段の上=稲荷大明神 ※3段目:和田)稲荷神社/ねりまの名木~和田稲荷神社のシラカシ ※4段目:左=稲荷大明神(荷田神社一部拡大)/右=(稲田))稲荷神社 ※文京区N氏=写真,画像提供

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荷田春満

「荷田春満/かだ・の・あずままろ」は江戸中期の国学者。1669年2月3日(寛文9年1月3日)京都生まれ。父親は「伏見稲荷神社=(現)伏見稲荷大社」の社家で御殿預職の「羽倉信詮/はくら・のぶあき」。
「荷田春満」は1700年の父親の出向から以降も江戸に残存。1703年1月30日(元禄15年)12月14日の「赤穂浪士(討入)」でも名前が登場しますが、本人は長年の江戸滞在や学問が知られ、江戸幕府「(8代将軍)吉宗」では1723年から1727年まで幕臣として勤務しています。
1736年8月8日(元文元年7月2日)死去。江戸幕府から退官した「胸の病」に起因するようです。




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