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ページ更新日:2019/08/20

初回登録:2019/08/20

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夜寒の松(碑)

夜寒の松(碑)

「夜寒の松/よさむ・のまつ」の作者「慶紀逸/けい・きいつ(下記参照)」は1753年に同題の川柳を詠んだとされ、現代の文京区関口「関口芭蕉庵/せきぐち・ばしょう・あん」では、正門から北側50m内に同川柳の石碑が残存、看板は後年と思われます。作者「慶紀逸」は場所に因み、「松尾芭蕉」の俳句「古池や、蛙飛びこむ、水の音(ふるいけや、かわずとびこむ、みずのおと)」から、同川柳を詠んだと伝えられています。
上記地図リンクでは、Googleマップ,アース共に現「(文京区)関口芭蕉庵」を参照。国土地理院では同正門から、北側50m内に存在する跡碑を概ね参照。


参考画像

※1段目:関口芭蕉庵「夜寒の松(説明看板)」 ※2段目:関口芭蕉庵「夜寒の松(石碑)」 ※3段目:2016年11月「関口芭蕉庵」案内板

当サイト画像説明色

夜寒の松(碑)-1夜寒の松(碑)-2夜寒の松(碑)-3

慶紀逸

「慶紀逸/けい・きいつ」は元禄八年(1695年)江戸生まれ、宝暦十二年五月八日(1762年6月29日)死去。本名「椎名件人/しいな・かずひと」、通称「兵蔵」,「土佐」などが知られ、「四時庵」,「十明庵」,「硯田舎」,「倚柱子」,「自在庵」,「自生庵」,「短長斎」など、別名での活動も多数あります。
寛延三年(1750年)には「武玉川/むたまがわ」の初編を刊行、他に「燕都枝折/えどのしおり」、「雑話抄」、「黄昏日記」、「吾妻舞」、などが知られ、川柳が隆盛する貢献者の一人と言われています。

参照サイト/関連ページ

関口芭蕉庵(現代)
サイト内関連ページ
関口芭蕉庵(現代),サイト内関連ページ

現:文京区関口の「関口芭蕉庵/せきぐち・ばしょう・あん」には案内板が存在。ここでは「関口芭蕉庵」案内板に記されている1番から8番をページ毎にをまとめてあります。

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ページ更新日:2019/11/09

夜寒の松(現:跡地)
関口芭蕉庵=現:文京区
夜寒の松(現:跡地),関口芭蕉庵=現:文京区

「夜寒の松跡/よさむ・の・まつあと」は現在の文京区関口「関口芭蕉庵/せきぐち・ばしょう・あん」に存在した「松」の木の跡地。1955年(昭和30年)に枯死していますが、「関口芭蕉庵」の正門内側にあり ...

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ページ更新日:2019/08/19




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