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ページ更新日:2019/07/21

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神田上水(終点)諸説C

神田上水(終点)諸説C

「神田上水/かんだ・じょうすい」の終点には諸説(下記メモ参照)ありますが、ここでは当サイト仮称「諸説C」について。同説以降は「神田上水」の定義が異なり、当サイトでは仮称「神田上水(別説)」とさせていただきます。「諸説C」は現「(文京区)後楽一丁目」、下の周辺地図では通称「東京ドーム」周辺に相当、同水域は「神田上水(別説)」,「小石川大下水(下記参照)」の合流地点。江戸時代水路地図(小石川区発行)では「(無名)水門」を確認できますが、「東京ドーム」の前身「後楽園球場」建設時には、水門跡の発見には至らず、残存していたかどうかも不明。
上記地図リンクでは、国土地理院,Googleマップ,アース共に、現代の通称「東京ドーム」を参照。


参考画像

※1段目:寛永19年~20年頃/江戸古地図(1643年頃)=終点地域(水戸屋敷内は記載なし) ※2段目:江戸時代水路地図(小石川区発行) ※3段目:1919年(大正8年)=挿入図/拡大A(赤枠) ※4段目:3段目の赤枠B地点を拡大 ※5段目:2013年(平成25年)文京区配布PDF ※何れも個人所有

当サイト画像説明色

神田上水(終点)諸説C-1神田上水(終点)諸説C-2神田上水(終点)諸説C-3神田上水(終点)諸説C-4

神田上水

終点諸説

「神田上水」は1590年(または数年後の間)に開削。「現:江戸川橋」の東側の暗渠は19世紀末の明治時代から開始、1901年(明治34年)には、飲料水の提供を廃止。
「神田上水」の定義を飲料用水に限定れば、「小石川後楽園」の手前までですが、周辺は歴史的にも改修工事が多数あり難解。
「神田上水」の定義を飲料用水に限定しなければ、「隅田川」合流水域も含め、複数水域に諸説があります。

始点について

「現:江戸川橋」の西側から「旧:神田上水大洗堰」部分は「現:神田川」に組み込み。1933年「旧:神田上水大洗堰」は廃止されますが、地理的な定義は一致しています。

案内看板(共通)

各地域の案内板は一般的に解説地域とは別地域にありますが、「神田上水」に関する案内版は「河川改良」を優先するので、特に著しく移動しています。

小石川大下水

小石川大下水

「小石川大下水/こいしかわ・おおげすい」はかつての河川。現代では大半が暗渠されていますが、一般的には現代の東京都「文京区」に存在した河川。上流域を含めた古地図や地域では、別称などの扱いが異なり複雑(下記参照)。一般的に水質は飲料用ではないが、湧水の流れとされています(これも異説あり)。

上流域=豊島区,板橋区

一般的に「豊島区」,「板橋区」では「谷端川/やばた・がわ」と呼称。

文京区:別称

「文京区」では「小石川/こいし・かわ」,「礫川/れき・せん」,「小石川礫川」など。更に同地域の分流では、「東大下水」,「西大下水」などの別称がありますが、必ずしも一定せず混乱要素となっています。

文京区:東大下水

別称「東大下水/ひがし・おおげすい」として、「(文京区)指ヶ谷」における「白山通り」の東側を流れ、河川「小石川」に合流する支流。

文京区:西大下水

別称「西大下水/ひがし・おおげすい」として、「白山通り」の東側を流れ、河川「小石川」に合流する支流。

参照サイト/関連ページ

神田上水
サイト内関連ページ
神田上水,サイト内関連ページ

「神田上水」終点については1970年代以降、工事などにより複数跡地が発見されています。これらは旧江戸城周囲を含め、現「千代田区」で発掘されていますが、保存の難しさなどにより、現「文京区 ...

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