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ページ更新日:2019/07/01

初回登録:2019/07/01

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団平坂(現:文京区)

団平坂(現:文京区)

「団平坂/だんぺい・ざか」は現「東京都文京区小石川(5丁目)」の坂。案内板では別名「丹平坂/たんぺい・ざか」,「袖引坂/そでひき・ざか」と記載(下記参照)、坂は江戸時代から存在とされ、古地図道幅から人通りが多かった様子はありますが、実態の良く解らない坂。現代では周囲と比較して短い距離の坂であり、一方通行の裏道に存在しています。
上記地図リンクでは、国土地理院,Googleマップ,アース共に、現「団平坂」における概ね中央域を参照。


参考画像

※1段目:1919年(大正8年)古地図=個人所有 ※2段目:1993年(平成5年/文京区教育委員会)=文京区N氏2008年頃撮影 ※3段目:2013年文京区配布案内マップ(坂番号/別名No.81:2008年文京区教育委員会)古地図=個人所有 ※江戸時代古地図は不鮮明などにより現在不掲載

当サイト画像説明色

団平坂(現:文京区)-1団平坂(現:文京区)-2団平坂(現:文京区)-3

団平坂,丹平坂,袖引坂

団平坂

案内板記載を要約すれば、「松平播磨守(まつだいら・はりま・のかみ)の御屋敷の下。俗称「団平坂」であり、舂米(つきまい=米つき)を商売とする人が居住していたことに因む」と記述。
広大な屋敷の南西側と思われますが、「団平」という人物の詳細説明は無し。

丹平坂

江戸時代のカタカナ表記に漢字を充てた明治以降の別名(?)。尚、「丹平製薬(大阪本社)」の東京支店は日本橋、本社の創業も明治時代であり、無関係と思われます。

袖引坂

江戸時代の信仰から、街道筋に「袖引き」などの道祖神がありますが、同坂は現「春日通り」から少々内側にあり、北東へ向かうと「旧:千川上水」。更に進むと、北側に「簸川神社(氷川神社)」、北東側に「(現)小石川植物園」。特に「簸川神社」との参拝道とも推測できますが、詳細は不明です。

個人メモ

1970年代後半から1980年代、及び1990年代前半に仕事関係で頻繁に通過。特に同坂道に目的があった訳ではありませんが、静かな住宅街の緩やかな坂道であり、坂という印象は残っていません。

参照サイト/関連ページ

祇園橋(千川)と簸川神社
氷川坂(簸川坂)の前史資料
祇園橋(千川)と簸川神社,氷川坂(簸川坂)の前史資料

「祇園橋/ぎおんばし」は遅くとも江戸時代から存在した土橋(現:文京区千石)。「簸川神社/ひかわ・じんじゃ」への途中、「千川/せんかわ=小石川/こいしかわ」に架橋されていますが、氾濫が頻繁に ...

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ページ更新日:2019/06/25

氷川坂/簸川坂(文京区)
旧:小石川区
氷川坂/簸川坂(文京区),旧:小石川区

「祇園橋/ぎおんばし」は遅くとも江戸時代から存在した土橋(現:文京区千石)。「簸川神社/ひかわ・じんじゃ」への途中、「千川/せんかわ」に架橋され別名「小石川(こいしかわ)」とも、氾濫が頻繁にあ ...

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ページ更新日:2019/06/26

網干坂(現:文京区)
別名:網曳坂(昭和まで)
網干坂(現:文京区),別名:網曳坂(昭和まで)

「網干坂/あみほしざか」は少なくとも江戸時代初期から存在。別名「網曳坂/あみひきざか」とも呼ばれ、始点は変わらないようですが、終点は「千川(小石川)」との関連もあり、同坂は「関東大震災」 ...

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ページ更新日:2019/06/27




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