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ページ更新日:2018/10/11

初回登録:2018/10/11

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三吉橋:築地川の分岐点

三吉橋:築地川の分岐点

「三吉橋/みよしばし」は関東大震災復興計画の一環として1929年12月に完成。北側上流は「三吉橋」と同時期に完成した「楓側築地川連絡運河」、「三吉橋」から南側下流は「築地川(本流)」、東側下流は「築地川南河川」。
元々は「築地川南支川」の「旧:合引川」には「合引橋=相引橋/あいびきばし」があり、現在の「新富」,「築地」を繋いでいましたが、「楓側築地川連絡運河」の完成により、現在の「銀座」,「新富」を含めて、三方面を繋ぐ橋として架橋。
第二次大戦後は戦後復興計画,高速道路建設計画などにより、周辺水域は1960年頃には埋立完了。「三吉橋」は水路横断道路橋としての役目を終え、何度かの改修工事を経て「首都高速道路環状線」上に現存。
上記地図リンクでは「三吉橋の碑(中央区銀座1丁目)」を参照しています。


参考画像

※1段目:1930年代前半?絵葉書=東京大十六橋 ※2~3段目:1936~2007年航空写真(Google/国土地理院)

当サイト画像説明色

三吉橋:築地川の分岐点-1三吉橋:築地川の分岐点-2

個人メモ

同橋梁は一度Y字型を失い、1980年代の改修工事でY字型が復活(と記憶?)。私は1990年代前半において、東側の東京メトロ「(有楽町線)新富町駅=駅住所:中央区築地1丁目」を利用したことが延べ百回以上はありましたが、目的地が築地市場方面だったこともあり、Y字型の復活は長らく知りませんでした。
また蛇足ですが、駅は「新富町/しんとみちょう」、北側の町名は1971年から「新富/しんとみ(旧:新富町)」。私には不必要な変更に思えますが、居住経験は無いので詳細不明。

参照サイト/関連ページ

築地川:全流域=東京の発展/震災復興や戦後復興も交錯:当サイト

楓川築地川連絡運河/開削から埋立まで昭和を象徴:当サイト

築地川南支川:江戸~昭和/合引橋~小田原橋(最終名):当サイト

築地川本流=下流域のみ現存/橋は姿や名前を変え道路化:当サイト







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