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ページ更新日:2018/05/17

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日比谷映画劇場

日比谷映画劇場

「日比谷映画劇場」は1934年2月1日に現在の東京都千代田区有楽町で開館した映画館。洋画中心の封切館として営業を始め、1984年の閉館まで約50年間営業(下記参照:開館閉館メモ)。
上記地図などのリンクでは「現:(2代目)東宝(株)本社」を参照。同敷地は隣接地を含む総称「日比谷シャンテ」でも知られていますが、「旧:日比谷映画劇場」は北側の高層ビル(下層は円形)に相当します。


参考画像

※1段目左:戦前期の日比谷映画劇場=柏書房「写真集:失われた帝都/東京-大正・昭和の街と住い」 ※1段目右:1936年キネマ旬報=映画館リスト(麹町区のみ抜粋) ※2段目:1963年航空写真(国土交通省) ※3段目:初上映資料(1984年さよならフェスティバルより) ※1段目,3段目は池袋N氏所有を編集)

当サイト画像説明色

日比谷映画劇場-1日比谷映画劇場-2

開館閉館メモ

名称

「日比谷映画劇場」が正式名称。第二次大戦後は英語表記「Theater Hibiya」、また略称「日比谷映画」とも呼ばれていますが、このページでは混乱を招くので正式名称で表記しています。

1934年2月1日

東京市麹町区(現:東京都千代田区)有楽町で開館(当時1730人収容)。「(株)東京宝塚劇場=後年:東宝(株)」が初めての直営映画館として運営、入場料50銭均一という設定で以降は人気映画館として隆盛。
参考画像キネマ旬報における麹町区の1936年映画館リストでは、「帝国劇場(後年グループ化)」,「丸の内松竹劇場」は別企業、「日本劇場」,「地下第一劇場」はグループ化前。また「東京宝塚劇場」は劇場のみ、「有楽座」も当時劇場のみ、共に映画館リスト対象外。

1984年11月11日

「日比谷映画劇場」閉館。当時は略称「日比谷映画」でも親しまれ、「さよならフェスティバル」のパンフレットなどでは、「日比谷映画劇場」,「日比谷劇場」が混在。
通常の上映映画パンフレットでは、かなり後年まで「日比谷劇場」が使用されています。







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