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ページ更新日:2018/03/12

初回登録:2018/03/12

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内藤新宿(旧:江戸四宿)の変遷

内藤新宿(旧:江戸四宿)の変遷

「内藤新宿(記載無=総称)」は江戸時代には「甲州街道」などに繋がる第一宿場町。「旧;内藤新宿添地町(そえちちょう)」は遅くとも1878年には「南豊島郡内藤町添地町」として成立。1889年以降は複雑な経緯(下記参照:内藤新宿添地町)を経ていますが、一部地域は1973年から1978年まで「角筈/つのはず」の飛地として残存。同地域は現在「東京都新宿区歌舞伎町1丁目」の一部ですが、「新宿遊歩道公園/四季の路」の最北端一画に相当。
上記地図などのリンクでは区画と異なりますが、歩道最南端の入口に相当する地点を参照しています。


参考画像

※1段目:1911年古地図編集(個人所有) ※2段目:1941年古地図編集(個人所有) ※3段目:1999年地図編集(個人所有)

当サイト画像説明色

内藤新宿(旧:江戸四宿)の変遷-1

内藤新宿添地町

飛地

1889年から「内藤新宿郵便局」の敷地が飛地となり「南豊島郡淀橋町角筈(字渡邊土手際)」に編入。1896年から郡の合併により「豊多摩郡淀橋町角筈」、1920年から「東京市豊多摩郡淀橋町角筈」、1947年から「東京都新宿区新宿3丁目」に編入。
同郵便局周辺は新宿の区画整理などにより、南西に移転し現在は「新宿三郵便局」と改称しています。

残存地域

1896年から郡の合併により「豊多摩郡内藤町添地町」、1920年から「東京市豊多摩郡内藤町添地町」、1947年から「東京都新宿区角筈1丁目」、翌1948年から「新宿区歌舞伎町1丁目」。
1973年に同地域一部を除く大半が「新宿区新宿3丁目」に編入され、同地域一部は飛地として「角筈」の表示が残りますが、1978年に「角筈」町名が消滅して「新宿区歌舞伎町1丁目」に編入されています。

参照サイト/関連ページ

内藤新宿(旧:江戸四宿)の変遷/江戸時代末期~明治時代初期:当サイト

内藤新宿(旧:江戸四宿)の変遷/東京市15区時代の変遷:当サイト

内藤新宿(旧:江戸四宿)の変遷/全地域が東京市内へ:当サイト

内藤新宿(旧:江戸四宿)の変遷/全地域が東京都新宿区へ:当サイト

内藤新宿(旧:江戸四宿)の変遷/内藤新宿添地町と飛地:当サイト

江戸六地蔵:五地蔵は現存/東京都指定有形文化財:当サイト

江戸六地蔵:太宗寺(新宿)/東京都指定有形文化財:当サイト







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