第20回:廿/にじゅう,他複数読みアリ

廿,にじゅう,他複数読みアリ

数の「20」を意味する漢数字(甲骨文字)。市区町村名では「広島県廿日市市(はつかいしし)」が良く知られていますが、同意義でも複数の読みがあります。また氏名由来で数20を意味するとされている場合、調べないと読めない場合、意味がはっきりしない場合も存在します。以下の本文では「廿」以降の文字を(ひらがな)表記していますので、予めご了承ください。

当ページデータ:2015/11/30(日本郵政更新データ使用)

当ページ更新日:2015/12/02


訓読み:にじゅう

青森県八戸市廿三日町(にじゅうさんにちまち)
青森県八戸市廿六日町(にじゅうろくにちまち)
京都府京都市下京区廿人講町(にじゅうにんこうちょう)
京都京都市東山区廿一軒町(にじゅういっけんちょう)
高知県高知市廿代町(にじゅうだいまち)

愛知県名古屋市守山区廿軒家(にじっけんや)
日本郵便読み「にじっけんや」ですが同意義と思われます。

読み:つづ

岐阜県多治見市廿原町(つづはらちょう)
岐阜県美濃加茂市三和町廿屋(つづや)
大阪府富田林市廿山(つづやま)

日本の氏族に「廿楽氏/つづらし(以下敬称略)」がありますが、同氏族は平安時代に朝廷に仕えていた雅楽の集団で20人編成とされています。古来から現在の京都市に居住、同地から埼玉県桶川市,上尾市,大宮市などに分家したとされ、現代における人名「廿楽/つづら」は特に埼玉県桶川市に集中しているようです。

現代の市区町村名に「廿楽/つづら」は存在せず、関連性は無いと思われますが、上記地名は同読みとなっています。

読み:はた

山口県岩国市廿木(はたき)
807年(大同2年)に熊野神社から御神体を奉安した段平山に20本の樹木があったことが由来とされています。

佐賀県杵島郡白石町廿治(はたち)
古名「廿治移/たちうつり」とされ、人名との関連もあるようですが詳細不明。

高知県南国市廿枝(はたえだ)
詳細不明

「はた」読みは「二十歳/はたち,はたとせ」と関連していると思われますが、「はた」読みの由来には諸説あります。

読み:とど

山形県東田川郡庄内町廿六木(とどろき)
東京都八王子市廿里町(とどりまち)

「廿」漢字の成立は「十/じゅう」を2つ繋げて「廿/にじゅう」とされ、「十/とう」読みを重ね「とうとう」、「とうとう」から「とど」に転じたとする説もあります。

その他の読み:伝承など

石川県鹿島郡中能登町廿九日(ひずめ)
土地開拓期時代に荘司が様子調査する日が月末(30日)であり、29日は間際まで日が詰まっていることに由来、とする説は漢字の由来としては有力ですが、下記2説を含む諸説との関連もあり詳細は不明です。
読み由来として、土地は古来から馬場として使用された経緯があり、馬の蹄の跡が多いことから「蹄/ひづめ」と呼ばれ、開拓時代に相応しい漢字として「廿九日を充てたとする説。
或は、農業用水の「樋/とい」が敷設された末端の村であり、読みを変えた「樋詰/ひづめ」に漢字「廿九日」を充てたという説もあります。

千葉県市原市廿五里(ついへいじ)
「源 頼朝」が平家追討に失敗、海路で現千葉県安房郡から同地に滞在、再び勢いを盛り返したという伝承に由来とする説があります。「神奈川県鎌倉市」から「千葉県市原市廿五里」まで約25里(約93.75Km)という距離は、下の地図でも近い数字が結果表示されます。
測量技術が正確になったのは江戸時代の「伊能 忠敬」以降であり、同説に従うならば江戸時代以降に成立した地名と思われます。

▼参照サイト

漢数字/かんすうじ:ウィキペディア

上記距離測定用マップ/鎌倉市~(海路経由)~市原市:Google Map (地図)

20 (二十)/にじゅう,他:ウィキペディア

廿楽氏/つづらし:ウィキペディア






姉妹サイト:同ドメイン

アイ・マイ・ミー日本の島々電話番号検索&国際電話情報HP制作ヒント&PCニュース日本・世界の伝統色&ウェブカラーオフィスソフト&テンプレート

姉妹サイト

洋楽データベース

From 2004 To 2018 By T.Yoshimura

Copyright © 検索エンジンJapanPost

ページトップへ