当ページ更新日:2016-11-30

琉球王国~琉球藩~沖縄県

琉球王国~琉球藩~沖縄県

1429年から1872年までの期間。1609年から薩摩藩が実質的支配する時期がありますが、「琉球王国」は当時の「明国」及び「清国」とも親交があり、対外的には「琉球王国」として存続。
1871年に日本では明治政府による「廃藩置県」政策が実行され、「琉球王国」に対しては1872年10月26日に「琉球藩」と名称を変更します。
尚、海外文書翻訳やその他の資料では「琉球国」表記もありますが、同表記は「琉球王国」時代,「琉球藩」時代、及び第二次世界大戦後などにも存在、ここでは複雑になるので「琉球国」表示は使用していません。

参考画像

下:1879年公文書=国立公文書館


琉球王国~琉球藩~沖縄県

琉球藩から沖縄県

「琉球藩」は当初「鹿児島県」の一部でしたが、明治政府は1879年4月4日付で正式に「廃藩置県」を実施、「琉球藩」を廃止して「沖縄県」に変更。当時の「沖縄県」の旧王族は日本の華族扱いとなっています。
しかし琉球士族の一部はこれに抵抗、元々親交のあった当時の「清国」に救済を求め、「清国」も日本に対して抗議。一時期は「先島諸島」の中国への分島案も登場、また米国などの仲裁もありますが、結局は合意に至らず先送り。後の日清戦争を経て、対外的な日本の領有権が一度確定します。


第二次世界大戦後

米国との関係
第二次世界大戦の日本降伏により1945年から連合軍が占領。1952年4月28日発効のサンフランシスコ講和条約により正式に米国の占領地となり、1972年5月15日に日本に正式返還。返還前に制定された「沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律」では、かつての沖縄県が「地方自治法に定める県として存続する」とされています。

中国との関係
第二次世界大戦や1978年の「日中平和友好条約」などを経て、中国が「先島諸島」及び「尖閣諸島」を併せた領有権を主張、再び日本,中国間に明治時代の問題が再燃しています。


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